
BBCのニュースサイトで、2月11日、ニュースビートのマイケル・バグス氏が、8年前にセシルホテルで起こったミステリアスな事件を再び記事にしました。
セシルホテルで何が起こったのか
(前略) エリサ氏は21歳のカナダ人大学生で、2013年、北米旅行中にロサンゼルスのダウンタウンにあるセシルホテルで行方不明になった。ロサンゼルス警察により公開されたホテルのエレベーターの中で撮影された映像が大きな話題となった。
エレベーターのドアは閉まらなかった。見知らぬ誰かと話しているようにも見えた。彼女の動きは、エレベーターから降りたり飛び乗ったり実に奇妙だった。そして彼女は姿を消した。
エリサ氏の遺体がホテル屋上の貯水槽で発見されたのは、行方不明の届け出から19日後であった。 (中略)
「他のドキュメンタリーは見たことがありません」 当時のホテル支配人はエイミー・プライス氏だった。彼女がこのことについて、コメントを求められたのは初めてではなかった。私はただ目を丸くして、「ああ、またか」と思ったとニュースビートに語っている。
「この事件については、これまでにもたくさんの作品がありましたが、正直言って、どれも見たことがないのです」と述べ、ただし、The Vanishing at Cecil Hotel(セシルホテルでの失踪)は正しいと感じたそうだ。
エリサが失踪した当時のセシルホテルは、普通のホテルではなかった。大規模なホームレス問題を抱えるロサンゼルスのダウンタウン中心部に位置し、エリサ氏のような観光客向けのフロアもあれば、スキッドロウと呼ばれるスラム街に住む人々のための短~長期の宿泊施設もあった。
エリサ氏の失踪後、ホテル滞在者やホテルスタッフが疑われ、エイミー氏は「ストレスで心が折れそうだった」と話している。 エリサ氏が行方不明になった時から嫌な予感がしていた。彼女は一人旅をしていたので、悪い人たちに巻き込まれてしまったのではないかと思ったし、ロサンゼルスのダウンタウンではありうることだった。
エリサ氏がなくなる前から、ここは悪名高いホテルだった。自殺やオーバードース(薬物の過剰摂取)の歴史を持つホテルであり、著名な連続殺人犯が何人も泊まったことがある場所だった。レディー・ガガがペントハウスに住む吸血鬼役で出演したアメリカン・ホラー・ストーリー:ホテルのインスピレーションにもなった。
でもエイミー氏にとっては決して悪い場所ではなかった。リチャード・ラミレス(13人を殺害したナイト・ストーカー、セシルホテルの14階が定宿)、ジャック・ウンターベガー(オーストリアの連続殺人犯でセシルホテル滞在中に3人を殺害)、もちろんエリサ・ラム事件のように、人々が再訪したがる闇がたくさんあるけど、そこで働くのは悪くなかった。
「私たちには素晴らしいチームがいて、ビジネスを運営していて、それを楽しんでいました」と彼女は言う。
伝説の背後にいる人間
The Vanishing at Cecil Hotel(セシルホテルでの失踪)の監督、ジョー・バーリンガー氏(犯罪ドキュメンタリーの巨匠)は、エリサ氏関連と同じくらい、エイミー氏のような人たちの真実を語ることに力を注いでいた。
責任感が強いというジョー・バーリンガー氏の評判も、エイミー氏が話し出すことを後押ししたのかもしれない。
伝説の背後には本物の人間がいるのです。エイミー氏率いるスタッフ一同は、限られた資源の中で最善を尽くし、下品な地域で最善を尽くしてホテルを経営していたのです。エイミー氏は現在、ホテルビジネスから離れ、ジュエリー・デザイナーとして働いているが、セシルホテルでの体験を綴った本も書いている。
「自分の話を共有したい」と彼女は言う。「だけど、それはホラー・ストーリーとかそういうものではありません。これは闘争の物語なのです」と彼女は述べた。
エリサ・ラム事件を推理
エリサ氏は双極性障害にかかっていました。セシルホテルで発見された私物の中に、次の処方箋が見つかっています。
<残された私物から出てきた処方箋>
●ラモトリギン
抗てんかん薬や双極性障害の気分エピソード抑制として処方される。
●クエチアピン
ドーパミン・セロトニン受容体を遮断することで気持ちの高ぶりや不安感をしずめる。統合失調症、抑うつ躁状態などの精神症状に処方される。
●ベンラファキシン
セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害、抗うつ薬として処方される。
●ウェルブトリン
ノルエピネフリンとドーパミンの再取り込みを阻害、抗うつ薬として処方される。
検死の結果は、処方薬ではないシヌタブ(頭痛や鼻づまりの薬)、イブプロフェン(非ステロイド系の消炎鎮痛剤)、微量のアルコール(約0.02g%)が検出されていますが、肝心の処方薬については「処方の薬物と一致する痕跡を示した」にとどめています。
つまり処方された薬を服用していなかった可能性が高いのです。躁状態では気分が高揚し、調子良く感じられるので病気であることを忘れ、つい薬を飲むの忘れたり意識的に飲まない人もいると言われます。
エリサ氏は旅行当時、気分が高ぶり活動的になる躁状態(躁状態は少なくとも1週間以上は続く)であったようです。失踪した日(1月31日)にエリサ氏は、ホテル至近のブックストアで家族らへの土産を購入しています。その際に対話をしたケイティ・オーファン店長は、エリサ氏の印象を「とても外交的でフレンドリーな人だった」と語っています。
エリサ氏は2日前にインターネットでセシルホテルのシェアルームを予約しました。1月28日にチェックインし、2月1日にチェックアウトする予定でした。セシルホテルで他の二人のお客とともに5階の相部屋に宿泊しました。
1月30日に相部屋の二人から「エリサ氏の行動がおかしい、気味が悪いから部屋を変えてくれ」とフロントに苦情があったことから、同じ5階の部屋(Netflix映像は504号を暗示)に一人で移りました。
ホテルでの目撃談からエリサ氏は常に一人であったこと。旅行終盤で、相部屋を追い出されたような形になったエリサ氏の孤独はさらに深まったと思われます。
最大の謎
この事件の最大の謎は、どうやって貯水槽上部にたどり着いたのかということです。
屋上へ行くには4つの経路があり、そのうちの3つはホテル外壁に設置された非常階段です。非常階段は途中で途切れており、屋上までの4~5メートルは垂直の梯子を登らなくてはなりません。
唯一ホテル内部から屋上に向かう経路は、屋上へのドアに非常警報システムが備わっており、ドアを開けると14階とフロントに警報が鳴り響く仕組みになっていました(セシルホテルでは2013年1月以降、非常警報が鳴ったことは一度もなかった)。
垂直の梯子を上ってなんとか屋上にたどりついても4本の貯水槽は土台(高さ1.2メートル)の上に設置されています。土台に登っても、そこから高さ3メートルの貯水槽(1本あたり約3.8トンの水を収容)や配管の間をかきわけて、貯水槽へ上る梯子を登らなくてはならない。
何とかそこまで辿り着いても、貯水槽には重い蓋(45×45㎝鉄製、事故当時開いていた可能性もあり)を開けないと貯水槽に入ることはできないのです。話題のエレベーター映像は、14階だったようですが、そこから非常階段を経由して屋上に出たとしか考えられません。
フード付きのスウエット、男性ものの黒いショーツ、バックルが2箇所あって足をしっかり固定できるサンダル(Birki’sまたはバーケンストックス)という当時の服装は、貯水槽に辿り着くための装備として相応しいものではありません。かといって、「非常階段や垂直の梯子を登ることができない」と決めつけられる格好でもありません。
エリサ氏は、失踪前の1ヵ月間にインスタグラムにビルの屋上を撮影したものを幾つか投稿していました。ビルの屋上が好きなようです。旅行終盤に孤独を深めたエリサ氏は、非常階段を経由して、好きな屋上に登った。
エレベーター作業室サイドにある階段から避難梯子を登った。エレベーター作業室の屋根から慎重に約1.8メートル下の貯水槽上部に降りた。1月末という真冬のロサンゼルスでしたが、重い蓋を持ち上げ(あるいは既に蓋が開いていた)貯水槽に入る前に衣服を脱ぎ、腕時計などを貯水槽に沈め、入水したと考えられます。

1 遺体発見時、貯水槽に裸(仰向け姿勢)で浮いていたこと。
2 身に着けていた腕時計、ルームキーなどの所持品がすべて貯水槽に沈められていたこと。
3 遺体が無傷であったこと。
4 エリサ氏(約53kgs)を担いで、垂直の梯子などを何の痕跡も残さずに貯水槽トップまで運ぶことは至難の業であること(多くの警察犬が屋上でエリサ氏の痕跡を嗅ぎ取っていない、土台から貯水槽をよじ登った場合は、衣類の擦れなどの痕跡が残る)
以上の4点から、他殺説はほぼ消えました。エリサ氏は、真冬の冷たい水に自ら入ってしまうほどの錯乱状態であったと思われます。
厳寒の東京湾で遺書を残し入水自殺した三宅雪子氏の悲しい事件も記憶に新しいと思います。死を前にした人に、水の冷たさは気にならないのかもしれません。
三宅雪子元議員は入水自殺か 芝浦で遺体、遺書発見 – 社会 : 日刊スポーツ https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202001060000845.html
【参考文献・URL】
(MOTION FOR SUMMARY JUDGMENT) https://web.archive.org/web/20160304132304/https://plexus-pi.com/wp-content/uploads/2015/10/Undisputed-Material-Facts.pdf
「エリサ・ラム事件」、どうして彼女は暗い水の底に沈んだか(孤島の奇譚) https://isolated-hyakunin-isshu.blogspot.com/2019/06/elisa-lam.html
実にミステリアスな事件、そして痛ましい真実でした。
へたなミステリー小説よりずっと読みごたえがありました。
エリサさんのご冥福を祈りましょう。
私のような素人探偵がネット上に湧いた事件でした。エリサさんのご冥福をお祈りします。