失意のどん底にある人にかける言葉

WebMD(医療専門家と連携した健康情報サイト)で、7月11日、セス・J・ジリハン氏が、失意のどん底にある人に対する接し方を記事にした。

数年前、家内と私が6ヵ月という短い期間の間に2人を流産したとき、わが夫婦のある友人が「すべての起こった事には、必ず理由がある」と言って我々を慰めようとしました。

私はこの言葉に内心、激怒しました。彼女は悲しみを軽減させるつもりで言ったことを知りつつ、私はたいへん不快な思いをしました。

彼女の言葉は、我々の悲しみに共感するというより、それを退けるようでした。

あなたは、おそらくこの力の両側にいます。ある人の悲しみに直面するとき、あなたは元気づけたいのです。

しかし、あなたは失言によって、不注意に心証を害することを心配します。自分自身の悲しみに直面したとき、あなたも役に立たないことや、むしろ腹が立つようなことを言われたことがあるでしょう。 (中略)

【悲しみのどん底にある人に控えるべき文例】

今はもっといい場所(天国など)にいますよ。

(亡くなる直前のように)もはや苦しんでいませんよ。

時間が癒やしてくれます。

あなたが〇〇〇するならば、気分が良くなりますよ。(悲しみを忘れますよ)

この悲しみもいずれ過ぎ去ります。

あなたは、おとうさんと36年も一緒に暮らせて運がよかったのです。

あなたがいまだにこんなに動揺していることに驚きます。 

すべての起こった事には、必ず理由があります。(記者を怒らせた言葉)

彼らは今一緒にいます。(短期間に連続して亡くなった両親の死に対して)

なぜ悲しみに暮れるの?あなたは、彼の実子でないのですよ。(養父が死んだあとに)

不幸に見えて本当は良いことなの。あなたは親が年をとって、弱っていくのを見なくてよいのだから・・・

悲しみが癒されることはありません。(自分自身が、40年前に亡くなった愛する人の死について、悲しみが癒えていないことに言及)

大部分のこれらの一般的声明は、悲しんでいる人に「あなたが思うほど辛い状況ではない」と伝える試みです。元気づけるはずのコメントが、その人が想像してはならない方を感じとって、むしろまったく慰めになってないのです。

それなら、どうすれば慰めることができますか?ありがたいことに、それはとても簡単です。

■現れてください

最も重要なことは、一緒にいてあげることです。 時間が経ち大部分の人々が通常通りの生活に戻っても、悲しみは悲嘆している人に残ります。損失と悲しみの急性期後のあなたの存在は特にありがたいかもしれません。

■お世話と心配を表明してください

あなたにとって当然であると感じるどんな言葉も使ってください。あまり、規定の言い回しにこだわる必要はありません。あなたが一緒にいること、そして、あなたを気にかけていることを知らせてください。

■ 彼らの感情を受け入れて、表現させてあげなさい

我々は悲嘆しているとき、感じるものを感じるために、なによりも余裕を必要とします。希望の兆しを指し示そうとするどんな試みも、悲嘆している人にとっては、悲しんではいけないような気持ちにさせるだけです。たとえその感情が時間とともに変わることを知っていても、彼らの悲しみを表現させてあげなさい。

■損失や悲嘆について、あなた自身の印象を思い出してください

我々のほとんどは死や別の重大な損失について自分に特有の印象を持っています。我々ががそれを顧みないのであれば、悲嘆している人との対話に、悪い方向に色をつけてしまうのです。あなた自身の悲嘆を思い返すとき、あなたはより直接他の人の悲嘆に集中することができます。

■ 聞いてください

悲嘆している人が話したいならば、耳を傾けてあげなさい。 多分、多くを語る必要はないでしょう、彼らはあなたが、悲しみを軽減してくれるとは期待していません。

ちょうど彼らの考えと感情を表明することができる誰かを持つことは、治癒のかけがえのない部分です。あなたはただ彼らと黙って座っているだけでよいのです。

何よりも、自分を完璧に見せないようにするのを忘れないでください。

このような記事を読んだ後に、悲嘆している人々を慰める「正しい方法」があるように感じ、悲嘆している人の心を踏みにじらないように細心の注意をすることは簡単です。かえってそのような、「完璧で正しいことを行おうとする」努力そのものが、悲嘆している人を傷つけうるのです。

その代わりにあなたらしくして、存在に集中してください。あなたが心底傷ついているとき、あなたが傍らの人に望む精神状態を想像してください、そのように彼らと会ってください。

(webMD)

https://blogs.webmd.com/mental-health/20190711/how-to-avoid-saying-the-wrong-thing-to-someone-grieving

セス・J・ジリハン氏はペンシルベニア州ハバフォードの自由診療ライセンスを所持する心理学者で、「認知行動療法」等に関する著書「Cognitive Behavioral Therapy 7 weeks」、「Cognitive Behavioral Therapy 10 strategies」、「Overcoming *OCD」等をもつ。

*OCDとは、Obsessive Compulsive Disorder の頭文字で強迫性障害のこと

記事の冒頭で、自らの体験である2度の流産にあたって「すべての起こった事には、必ず理由があります」という慰めの言葉にひどく傷ついたことを暴露している。

なんと、その言葉は、あのマリリン・モンローが残した名言“I believe that everything happens for a reason”に由来するようです。  

「すべての起こった事には、必ず理由があります」なんて言われれば、悲しみの淵にいた記者にとっては、あたかも祖先や自分が犯した悪行によって、流産ということが起こるべくして起こったと言いたいのか、と邪推してしまいます。

その言葉を述べた人にとっては、そんなつもりは毛頭もなく、「あなた方のせいではなく、不可抗力(人の力ではどうにもならないこと)で起こってしまったこと」と言いたかったのでしょう。

失意のどん底にある人に言うべきでない文例「時間が癒やしてくれます」は、過去に言ってしまったことがあります。

失意のどん底にある人にとっては、今が悲しく、寂しく、辛く、苦しいのです。とても慰めの言葉にはならなかったでしょう。

「不幸に見えて本当は良いことなの。あなたは親が年をとって、弱っていくのを見なくてよいのだから・・・」、若くして父母を亡くした人にとっては「はぁ、おまえはなんてこと言うんだ!失礼なやっちゃ」と間違いなく思われるでしょう。

言った本人にしてみれば、延々と続く親の介護で、身も心も消耗しきってしまって、こんな言葉がうっかり出たのかもしれません。

言葉というのは怖いものですね。この記事から心に浮かんだのは、ことわざ「雄弁は銀、沈黙は金なり」、「口は災いの元」、「言わぬが花」。

記事にあるように「あなたにとって当然であると感じるどんな言葉も使ってください。あまり、規定の言い回しにこだわる必要はありません」を実践することが不用意な発言を招いてしまいそうです。

失意のどん底にある人に不用意な発言は慎みたいものです。できるだけ、言葉ではなく態度で示しましょう。  

2 thoughts on “失意のどん底にある人にかける言葉

  1. 「言葉というのは怖いもの」
    「言葉ではなく態度で」
    いい教え(?)です。
    母が逝ったときいろんな人がきていろんなことを語っていきましたけど、ほぼ迷惑以外の何ものでもありませんでした。

  2. いらして頂いてせっかく感謝の気持ちをもって迎えたのに、感情を逆撫でするようなことを言われ落胆することが多いですね。そのような時の出来事は、しこりとなっていつまでも残ってしまうので気をつけます。

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