最高の年老いたロールモデル

ハンギョレ(韓国の日刊新聞)のウェブサイトで、1月30日、チョン·ダミン編集者が、「フランシス・アン・レボウィッツ氏(ニュージャージー州出身、ニューヨーク在住の70代の女性作家)こそ最高の年老いたロールモデルだと確信した」として、評判のネットフリックス動画を紹介しました。

「ミレニアム世代」の対義語として「コンデ」がテーマにまでなっています。コンデとは、若者の服従を当然視し、横柄に振る舞う年寄りのことです。若い世代が、偉そうに振る舞う年配者を小馬鹿にする言葉なのです。

人は必ず老いていきます。フランシス・アン・レボウィッツ氏のように、安易に時代に迎合せず、頭脳明晰、機知と皮肉に富んだ魅力的な人物を目指しますか?

思ったよりコンデ(若者の服従を当然視し、横柄に振る舞う年寄り)は近かった

友人とビールを飲みながら会社生活について愚痴をこぼしている間、私は予想外の「世代の違い」を感じた。「最近の新入社員たちを見ると、定時退社で残業はしない。ほんとうにZ世代(2000年代序盤以降に生まれた子)なの」思わずあんぐり口を開けた。

友人「まぁ僕も定時退社が基本で、残業はしないけど」

「こりゃどういうことだ」と驚きを抑えて、私たちの年代を一つ二つと数えてみた。

会社生活6年目、社会生活を少し早く始めた友人はもう7年目だった。 ミレニアル末の世代として括られてきた私たち、コンデ(若者の服従を当然視し、横柄に振る舞う年寄り)の対義語として通じた私たちの世代も、もはや新人ではないことを痛感した瞬間だった。(中略)


https://www.netflix.com/jp/title/81078137

「ミレニアル世代」という曖昧な言葉で個々人の違いを説明するのは難しい。ある人はもう少し組織に奉仕するし、中にはより強い個人主義的な側面を持っている人もいる。私たちは皆、一束にきれいにまとめることもできず、親しい友人の間でさえ世代ギャップを感じるほかなかった。

「あなたはそれについて考えだけで、決してそれを言うことはできない。そんなことしたら、すぐに年寄りになるのだよ」と笑いながら投げた言葉に、「私は表情でそれを語るだけだよ」と意見を締めくくり私のほうがミレニアルに近く、友人のほうがミレニアルに近くないという結論が出た。

憎まれ口をたたく年寄りのために、まねをしたい年寄りになるための「年寄りロールモデル」が必要だ。そんな私たちの前にぴったりの1本のネットフリックス・シリーズがあった。マーティン・スコセッシ監督によるフランシス・アン・レボウィッツ氏出演のドキュメンタリーシリーズ「都市を歩くように」だ。

最高の年老いたロールモデル

 フランシス・アン・レボウィッツ氏 70代、女性、レスビアン、ニューヨーカー、随筆家であり批評家、ユーモア作家… いくつかのキーワードで説明するには十分でない複雑なキャラクターを持った米国作家フランシス・アン・レボウィッツ氏は友達と私を魅了した魔性の人物だ。

彼女はドキュメンタリーで夢の都市であり、四季折々の魅力が溢れる都市ニューヨークの街をイライラした表情で眺めながら、その中で生きていく方法と観光客、お金、地下鉄、芸術、歩くことについて感性で意見を述べていく。その上、特有のウィットとシニカルさは映像を最高に引き立たせる。長年の友人マーティン・スコセッシ監督が演出を担当したためだろうか、映像美はおまけで、彼女が一言言う度に炸裂する彼の笑い声は、特別ボーナスのように映像に面白みを加える。

レボウィッツ氏は率直だ。工事中の立て札がついているニューヨーク地下鉄について不平を言いながら、公共施設に設置する造形美術をそれとなくディスる「もちろんモザイク作品は可愛いですよ。だけど、それを設置するのに5カ月もかかるのですか?」

もし彼女が韓国人でソウルに住んでいたなら、地下鉄ホームのドアにかかっている脈絡のない詩を何と批評したか想像できる。わずかの遠慮もなく、あまりにも正確に述べるのでちょっと憎いかもしれないが、彼女が見せてくれる様相は「コンデ」というせせこましい単語で結ぶのには、あまりにも開かれていてぴょんぴょんと跳ねる。

彼女は面白さがどんなによくて重要なのかを知っている先輩だ。「やましい楽しみ(ギルティ・プレジャー)はありますか?」という質問にレボウィッツ氏は「そんなものはない」と答える。 「罪悪感(ギルティ)なく堂々と楽しむのですよ。どうして罪悪感と繋げるのか理解できない。もちろん、その趣味が殺人といえば話は違います…。楽しさを得る行動に罪悪感はない。

「最近の世の中には人を殺しても罪責感のない人も多く、国境で子供たちを鉄格子の中に閉じ込めておいても何とも思わないですね。そんな人たちもまともなのに私がどうして罪悪感をもたなければならないのか。特に年を取りながら楽しさが何か考えてみれば、それが何であろうと楽しければそのまま楽しめば良いのです。ただやればいいんです」と実に名答だ。

時代の変化をすべての人が従わなければならないのではなく、堂々と拒否したりもする。自分にソーシャル·ネットワーキング·サービス(SNS)の使い方やスマートフォンの使い方などを教えようとする人々には、このように言い返す。 「私がSNSをしない理由は、それが何だか分からないからではなく、とてもよく知っているからです」

このように鋭く、正確で面白い人になれますか?「どうすればユーモアのセンスを持つことができますか?」という聴衆からの質問に彼女は次のように答えた。

「あたかも、どうすれば背がもっと伸びますか?」みたいな質問ですね。

彼女のように年を取りたいという将来の希望ができだけれど、なかなか難しそうだ。ユーモアとウィットという武器で、ニューヨークという都市を完全に平定してしまったこの魅力的な存在の前で、それ以上の年老いたロールモデルを見つけることは難しいという確信を持った。

(hani.co)

http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/981087.html?_fr=st1

2 thoughts on “最高の年老いたロールモデル

  1. 「それが何であろうと楽しければ(……)ただやればいいんです」

    「最高の年老いたロールモデル」の言葉、魅力的ですね!
    ただその楽しいことがなかなかない、といった悩みも、ことに老齢においてはあるような気もします……

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